最終更新日:04.09.06
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佐伯真一『戦場の精神史−武士道という幻影』NHK出版 2004年 ISBN:4140019980

(c)NHK出版
 トム・クルーズ主演の『ザ・ラスト・サムライ』が人気を博したことは記憶に新しいが,海外の書店では映画が封切られると同時に,関連本として新渡戸稲造の『武士道』が平棚に並べられていた。

 正々堂々と一騎打ちの勝負を挑む。いわば「フェア・プレーの精神」を日本古来の「武士道」の特徴として,一八九九年,海外に最初に紹介したのは,言うまでもなくこの新渡戸の著作であったが,いまだに「武士道」が新渡戸本を介して紹介され,理解されている面があることに驚かされた。

 しかし本書が指摘しているように,こうした新渡戸『武士道』が描き出した「武士道」なるものは,近代以前の日本史にはまったく存在しなかった。新渡戸自身の日本史や日本文化に対する誤解だけでなく,「武士道」という概念自体,中江藤樹や山鹿素行といった江戸時代の儒学者によって唱えられた「士道」概念が,幕末維新期に日本を「武国」としてとらえるナショナリズムによって変質させられたものであった。

 こうした近代以降の「武士道」概念は,戦国時代以前の武士像にも歪んだ解釈を与えてきた。著者は,『平家物語』『太平記』などの軍記物に描かれてきた合戦の場面,そこでの武士の振る舞いを丹念にみることによって,当時の武士の倫理観を浮かび上がらせていく。

 結論を言えば,戦場において武士たちが持っていた倫理観は,謀略や虚偽を肯定するというフェア・プレーとはおよそ対極に位置するものであった。要するに,武士の名誉とは「戦に勝つこと」「生き延びること」であり,そのための裏切り,奇襲などはむしろ称揚されるべき「知略」であった。倫理は常に戦場においていかに生きるべきかというリアルな課題に結びついていたとも言える。

 一方,近世以降の太平の世における武士の日常思想としての「武士道」もあった。「武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり」と述べる山本常朝の『葉隠』も,「死ぬ事」という一語で誤解されがちであるが,そうした思想のひとつである。本書では幕末維新期の「武士道」とこの『葉隠』的な「武士道」との関係がいまひとつ明らかでないように思われるが,「禁欲」「克己」などの倫理観を共有している面も否定できない。

 儒学的「士道」のナショナリズムを媒介とする変質,そしてそれに『葉隠』的な「武士道」が加わるなか,戦場の「武士道」からまったく乖離した近代「武士道」が成立していったという事実は,現代日本人の倫理観を考える上でも非常に重要な視点を提供している。

『週刊東洋経済』2004年8月28日号掲載


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