最終更新日:05.01.11
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猪木武徳『文芸にあらわれた日本の近代−社会科学と文学のあいだ−』有斐閣 2004年 ISBN:4641162190

(c)有斐閣
 「文学と経済(史)研究双方が互いに相補うことによって,歴史存在としての経済社会をより強く実感できるのではないだろうか」。著者はこのように述べつつ,文学作品そのものを用いて,近代日本というひとつの経済社会への接近を図る。

 本書で取り上げられている作品中もっとも古い作品が,一九〇七年に書かれた夏目漱石の『文芸の哲学的基礎』(第一〇章)であり,もっとも新しい作品が,一九六四年の三島由紀夫の『絹と明察』(第三章)である。第二次世界大戦前と戦後という区切りとも重なるが,終戦の年の九月に生まれた猪木氏の生まれる前の作品とその後の作品がほぼ半々に取り上げられている。

 これらの作品をなぜ選んだのかに関して,著者自身明確に述べているわけではないが,しかし結果として,著者の誕生年を基点として,前後ほぼ二〇〜四〇年をカヴァーしているこのラインアップは,功を奏していると思われる。なぜならば,文芸作品を通じて「歴史存在としての経済社会をより強く実感」するには,やはり自らの直接間接の体験に重ね合わせてみていくことが非常に有効であり,説得力をもつと考えられるからだ。

 評者は,本書が幅広い世代の読者を獲得してもらいたいという希望をもつものである。しかし,本書を読んでもっとも強く共感するのは,恐らく戦後のいわゆる「団塊の世代」に属する読者であろう。たとえば,第一章で取り上げられた武田泰淳の『鶴のドン・キホーテ』は,筆者が,人間の判断材料としての「思想」を頼りにならないものと感じ,人間の生の現実と理念としての「善き生」をどうバランスさせるかという点に人間の真価があるように考えるようになったきっかけとなった書として取り上げられている。また,大岡昇平の『野火』を取り上げた第八章では,「人間が独立の個人として『首尾一貫している』ことがいかに難しいかは,ある一時点の自分自身の心的葛藤はもちろん,過去の自分と現在の自分自身の変化を冷静に観察すれば明らかであろう」としている。このような感覚を筆者とともにもっとも実感し得るのが,「団塊の世代」ではないかと考えるからだ。

 もっとも最終章で,夏目漱石とアイザィア・バーリンの議論を比較しながら,簡潔にまとめているように,現代のわれわれもまた一元論と相対論から脱却し,多元論を受容できるかどうかに人間の自由と独立がかかっているという筆者のメッセージは,本書全体を貫くものであり,多くの読者の共感を得るものであろう。

『週刊東洋経済』2005年1月8日号掲載


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