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山口輝臣『明治神宮の出現』吉川弘文館 2005年 ISBN:4642055851
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東京代々木の森にある明治神宮が明治天皇を祀る神社だということを知らない人はそう多くはないであろう。しかし、明治神宮はなぜそもそもあそこにあるのか、また野球場や国立競技場、絵画館などさまざまな施設を併置した神宮外苑がどうして造られたのか、なぜ銅像などではなく神社でなければならなかったのか、といった疑問にきちんと答えられる人はおそらくほとんどいないであろう。 本書は、私たちにとって色々な意味で関わり合いの深い明治神宮とその外苑の創出という大正期の一大イヴェントをめぐる真相を明らかにした、まさに「目から鱗が落ちる」一冊である。 一九一二年、突然の明治天皇崩御の報に接した人々が、明治天皇を記念するために何をどう考え、最終的にどういった行動を取ったのか。本書は、一見伝統的な行動パターンに則っておこなわれたかに見える神社創設の「運動」が、実は非常に近代的な思考によって主導されたものであったとを明らかにしている。たとえば、明治神宮の本殿は「流造」という様式であるという。しかし、それは伝統的なスタイルを踏襲したのではなく、あれやこれやのカタログから選び出すというまさに近代的な選定方法でもって決定された。鎮座地の決定についても同断である。「由緒」や「風致」を秤にかけることそれ自体がまさに近代的思考であったことを、本書は鋭く指摘している。 また、当時東京市長であった阪谷芳郎と阪谷の義父で実業界の大物の渋沢栄一、東京商工会議所の中野武営らが先導した「運動」が、やがて「神社奉祀調査会」へと発展し、諸事が決定されていくそのプロセスは,当時の社会的意思決定のあり方の一事例としても、非常に示唆に富んでいる。 (『週刊東洋経済』2005年5月14日号)
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