最終更新日:04.06.07
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マーク・ラビナ(浜野潔訳)『「名君」の蹉跌―藩政改革の政治経済学―』NTT出版 2004年 ISBN:4757140657

(c)NTT出版
 江戸時代中期は日本の国家体制を揺るがすような危機が内側からも外側からも起らなかった時代である。しかし,この時期に各藩を悩ませた財政危機という問題は,人口変化と市場経済の農村への浸透という大きな社会構造の転換が進んでいたことを示している。

 本書はこの社会構造の転換への対応を,米沢藩,弘前藩,徳島藩という三つの事例を取り上げながらドラマティックに描き出している。

 名君と評判の高い上杉鷹山の下で藩政改革を進めた米沢藩は,当初,漆の専売政策を進めたが,それはみじめな失敗に終わった。米沢藩の成功の鍵は,専売政策から自由化政策への転換にあった。のちに米沢織として有名になる織物の原料を青苧から生糸へと転換しえたのも,青苧の藩専売政策を事実上廃止したからであった。また武士を養蚕・機業に従事させることに成功したのも,武士に対して自らの俸禄を補うインセンティブを与えたからにほかならない。市場経済への適応の経験は,維新後に実業家を生み出す基盤ともなった。

 弘前藩の場合,危機への対応は最初,武士を農村に強制移住させる土着政策として現れた。しかし,この政策は武士のあらゆる行動を規制しようとする法令を次から次へと生み出し,藩内を大混乱に陥らせ,無残な失敗に終わった。その後の度重なる飢饉のあとも土着政策が取られたが,自発的に土着した少数の藩士のみ,ある程度の成功を収めたという。弘前藩は,強制的な土着政策の失敗からまったく学ばなかったわけではないが,伝統的な土着政策を取り続けた。

 徳島藩は,大坂という大市場を間近に持つという地理的な条件に恵まれていた。しかし逆にそのことは大坂の有力商による生産者支配という問題をも生み出した。藩の経済政策は,大坂の商人に対抗して藩内の生産者を組織し生産者価格を維持するというものであった。こうした徳島藩の諸政策は,たびたび幕府の介入の危機を招いたが,徳島藩の官僚はそのたびに危機を乗り切っていった。

 藩政改革の成功の鍵が,市場経済の発展にいかに適応するかにあったことは明らかであろう。市場機会を積極的に捉えるインセンティブを藩士や農民に与え得た藩の改革は成功した。

 しかし,一方で著者は藩政改革に成功した藩も,維新期に近代的な意味でのナショナリズムを担ったわけでは決してなかったことを強調する。コストのかかる行政権力を中央に委ねながら,藩の自立性はやがて完全に失われていった。本書は,かつて日本が経験した分権的政治の伝統を捉え直す格好の素材を提供している。

『週刊東洋経済』2004年5月15日号掲載

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