最終更新日:04.04.04
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波形昭一編著『近代アジアの日本人経済団体』同文舘 1997年 ISBN:4495863215

 本書は,戦前期日本からアジア諸国・諸地域に向けて進出した企業とそれに誘引されつつ流出・移動した種々雑多な人々が形成した各種団体,さらにはそれらの企業・団体相互の関係を多角的な視点から分析した意欲的な論文集である。

 まず,所収論文の表題を示しておこう。

 第1章 台湾における経済団体の形成と商業会議所設立問題
 第2章 朝鮮における商業会議所連合会の決議事項
 第3章 サイパン島における南洋興発株式会社と社会団体
 第4章 「満州」における商業会議所連合会の活動
 第5章 奉天における日本商人と奉天商業会議所
 第6章 天津居留民団の低利資金請願運動
 第7章 上海日本人実業会と居留民社会
 第8章 香港−日本関係のなかの香港日本商工会議所
 第9章 東南アジアにおける日本人会と日本人商業会議所
 第10章 シンガポールの華人抗日運動と日本側経済団体
 第11章 タイにおける日本人社会経済団体の活動
 第12章 商業会議所のアジア経済情報ネットワーク

 第1〜3章では,台湾・朝鮮および南洋委任統治地域が扱われており,第I部を構成している。第II部第4〜8章では,広い意味での中国が扱われているが,「満州」地域にかかわるものが二篇,「中国本部」にかかわるものが二篇,そして英領香港が一篇となっている。第III部第9〜11章では,東南アジア地域が扱われており,第9章が全体像を俯瞰し,以下英領シンガポールとタイが扱われている。第IV部第12章では,在外商業会議所と国内商業会議所とのネットワークの検討がなされている。

 以上,全体的にみて非常にバランスのよい構成となっており,アジアにおける日本人経済団体の実態を把握するという本書の特徴が発揮されている。しかし一方で,第I〜III部に区分された地域相互の関係性を問題とする視点については触れられておらず,その点が惜しまれる。本来ならば,第IV部において構成上の問題の再吟味が必要であったのではなかろうか。しかし,このような不満は残るものの,本書各論のファクト・ファインディングスおよびそこから導きだされた結論が,当該期のアジアにおける日本人経済団体分析に新しい論点を多々提供していることは疑いえない。以下,オーソドックスではあるが,順次各論文の要点ならびに論点を挙げておきたい。

 第1章波形昭一論文では,台湾における日本人商業者の進出が,日本の植民地支配政策にしたがったものであったがゆえに,経済団体の早熟的な形成と瓦解を示し,結局のところ大資本の進出をまってそれに誘導されながら組織再編に向かったこと,そして,その組織再編も植民地支配の「差別論理」をうちに抱え込まざるを得ず,経済的な取引関係を円滑にするという商業会議所本来がもつべき論理との不整合によって挫折を余儀なくされたことが示されている。第2章木村健二論文でも,同様に植民地支配政策のなかでその要求に応えざるをえなくなっていく商業会議所連合会の態様と,そこに取り込まれていく現地商業者の動向が描かれている。連合会が各種団体の利害「調整」を図ったという場合の,その「調整」の基準がやはり植民地支配の政策に基づいたものであった点も台湾の事例と類似している。朝鮮での組織化と台湾での組織化のより詳細な比較検討は今後の重要な課題となるであろう。

 第3章今泉裕美子論文では,台湾や朝鮮のような商業者の組織化が見られない地域の場合でも,出身地を同じくする日本人団体が組織され,それが南洋庁との関係性を一定程度構築していった様子が描かれている。直接の統治地域ではない南洋委任統治地域でもやがてそうした組織化の回路を通じて植民地支配の政策が実行されていく様が暗示されている。

 第4章柳沢遊論文は,構成上第II部に配置されているのだが,やはり在外日本人経済団体の組織化と植民地政策の関連性が論点になっている。ここでは,一時「鮮満一体化」を志向する朝鮮総督府・朝鮮商業会議所政策に大連商業会議所が呼応する形で「満鮮」商業会議所連合会が形成されるが,やがて朝鮮と「満州」の利害調整にズレが生じ,「満州」側は大連商業会議所主導下,「満州」商業会議所連合会を中心に結集を図ろうとする路線転換がみられたこと,更にそれにもかかわらず朝鮮側との利害を重視する在満商業会議所も存在したという事実が示されている。

 第5章塚瀬進論文と第8章飯島渉論文は奉天と香港という別の都市を取り上げつつも,いずれも在地経済と日本人経済団体との関連が問われており,第1〜4章までとは異なった論点が提供されている。奉天の場合特に,在地経済との関連が日本人商人の形態や活動地域ごとに異なっており,それゆえに商業会議所の活動内容だけからではその多様性が把握できないという問題点が指摘されている。日本人商人の活動のより細部に立ち入った検討が必要であるとの筆者の指摘にはまったく同感である。香港の事例では,奉天とは異なり,商品とそれを担う商人ネットワークの相違が重要であると思われる。広東商人のネットワークの強靱性は最近特に指摘されることが多いが,そうしたネットワークの限界性(たとえば海産物に関するネットワークが広東商人にほぼ独占されていたにもかかわらず,綿関連製品に関するネットワークにおいては日本人商人がかなり進出しているなど)も同時に考慮すべき問題であろう。

 第6章幸野保典論文と第7章山村睦夫論文は,いずれも商業会議所以外の日本人団体で経済活動をおこなった事例を検討していて興味深い。経済団体研究史の空白を埋める成果である。前者は,中層以上の在地日本人営業層の要求を取りまとめる形で低金利資金請願運動を担った行政団体である天津居留民団を検討し,後者は,上海における有力大企業の出先機関を構成主体とする上海日本人実業協会の活動を扱っている。特に山村論文で強調されている第一次世界大戦後の排日運動期の上海日本人実業協会の対応は,在地経済との関係がかなり多様性を含んだものであったことを示唆している。今後中国商との具体的な関係構築の事例などが明らかになることを期待したい。

 第9章橋谷弘論文では,東南アジアにおける日本人会などの組織が第一次世界大戦前後と一九三〇年代初頭に大きく変化したことが指摘され,特に三〇年代に領事館の主導下「経済団体」への脱皮が図られ,やがてそれが本国の統制強化の流れと合流しつつ当該地域での摩擦を激化させていくことになったことが示されている。東南アジア地域の日本人経済団体の活動の実態解明は史料上の制約もありなかなか困難なのであるが,今後は統制の方向へ収束していく側面と同時に,東南アジア地域内部の多様性についての検討が必要となるであろう。

 シンガポールとタイを扱った第10章堀本尚彦論文と第11章小林英夫論文は,この意味で東南アジア内部での相違を意識したものとなっている。両論文とも,経済進出と経済団体の組織強化という流れは橋谷論文の主張と合致しているが,シンガポールの事例ではそれが必ずしも領事館主導でおこなわれたとはいえず,商工省や南洋協会,商工会議所,県庁,各種輸出協会などの国内関連団体との連携が明らかにされている。またタイにおいては先発の大企業が経済団体組織化に関して非常に重要な役割を担ったことが示されている。

 第12章須永武徳論文は,本国商業会議所(東京・大阪・名古屋)と在外商業会議所との情報ネットワークに焦点をあてて考察を試みたもので,従来の外務省・農商務省による官制ネットワークによる情報の受発信分析における欠落を埋めるものとなっている。

 以上見てきたように,本書は従来包括的には取り上げられてこなかった各種日本人経済団体の活動の実態を多角的な視点から明らかにしたものであり,今後大いに参照にされて然るべきであろう。また本国の植民地政策と経済団体活動の地域比較や在地経済との関連,経済団体相互のネットワークの機能など重要な問題提起もなされている。その意味で今後の研究の方向性を示した成果であると言えるであろう。

『社会経済史学』第64巻6号,1999年3月所収


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