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晴れ渡った冬の空の下、グリーンの鮮やかな芝のグラウンドに、まずは燕脂と黒のジャージの早稲田フィフティーンが、続いて紫紺と白のジャージの明治フィフティーンが飛び出してゆく。
毎年12月の最初の日曜日は伝統の早明ラグビーの対抗試合がおこなわれる。
今からちょうど20年前(1981年12月6日)。早稲田に入学したての私が、最初に見た早明ラグビーの試合もすごい試合だった。大西鐵之祐氏(故人)が三度目の監督として早稲田のラグビー部を率い、その復活をかけた年であった。その日の試合の様子は、『ラグビー 荒ぶる魂』(大西鐵之祐、岩波新書)の冒頭にも描かれている。翌日の保健体育の講義の授業で、大西先生に満場の拍手が沸き上がったことは今でも鮮明に覚えている。
あれから20年。大学ラグビーの人気は一時のピーク時ほどではないものの、また徐々に復活の兆しを見せているように思う。ルール改正により速い展開のラグビーが期待できること、早稲田、明治、慶応といった伝統校だけではなく、リーグ戦グループの中で関東学院や流通経済大といった新興チームが実力を発揮して、戦国時代を迎えつつあることなどがその理由である。
そんな中で闘われた昨日の早明戦は、試合前の下馬評を覆す最高に素晴らしいゲームであった。
11月23日の早慶戦で慶応を破った早稲田の今シーズンの際立った攻撃力からみて下馬評では早稲田有利であったが、昨日の明治は強かった。とくにディフェンスの出足が素早く早稲田にボールコントロールを思うようにさせてくれない。
前半開始後15分ほどは早稲田押し気味だったのだが、ことごとく明治ディフェンスの阻まれ明治陣での時間が長いにもかかわらず早稲田が押され返されているという感じ。そして15分。早稲田陣内で明治がペナルティーでチャンスをつかむと確実にPGを決めた。
早明戦は僅差のゲームが多く、こうした反則からの3点というのが実はあとあと響いてくる場合が多く、昨日も予想通り最後の最後までこの3点が重かった。
前半はなかなかリズムに乗れない早稲田に対して、気合い十分の明治がリードし、さらに前半終了間際に少し緊張感がゆるんだ隙を突かれての痛いトライを喫し、早稲田劣勢で折り返した。
そして、後半。後半の最初の得点をどちらが上げるかで勝敗の行方がほぼ決まりそうな流れの中、12分過ぎに明治が最初のトライを奪い、得点差を15点にまで広げた。ツートライ・ツーゴール(トライが5点、ゴールキックが2点だから、その倍)でも追いつかない点差。正直、この時点で見ているほうは「やはり早明戦は違うな。明治がよくがんばった」という思いにかられただろう。
しかし、早稲田は諦めなかった。その後、ワン・トライ、ワン・ゴールを決めて8点差まで詰め寄るとまだイケルというムードが漂ってきた。最後の1点をどうするかはわからないが、とにかくこれで試合はわからなくなった。
流れを大きく変えたのが、後半30分、早稲田のパスをインターセプトした明治が痛恨のノックオンをした時だ。あのインターセプトが成功して抜けていれば確実にトライだっただけに、そして明治にしてみれば早稲田に引導を渡すことになったであろうだけに、逆に早稲田フィフティーンにツキが回ってきた感じだった。
そのチャンスを早稲田は見逃さなかった。最後の20分はまさに早稲田のスピードのある攻撃がフル回転した、まさに手に汗を握る展開だった。
後半39分に山岡がトライを決めた時点で、焦りからか明治のSHがトライした山岡のわき腹をスパイクで小突くシーンが出てしまった(ビデオで見ると本当に微妙な感じだったが)。主審の下井さんがすかさずこれをラフプレーと認定。トライ後のハーフウェーからのキックオフの権利が明治から早稲田に移った。
ロスタイムは4分。キックオフから再開されたプレーでも早稲田の攻勢は続き、最後には明治の自陣内での反則を誘い、武川がそのPGを確実に決めて、ノーサイド。劇的な勝利の瞬間だった。
試合終了後の清宮監督は、「あそこ(最後のPG)で、学生たちがトライ狙いでいったらどうしようと思っていました。さすがに落ち着いてPGを選択してくれましたね」と話していた。そういう冗談が出るくらいの余裕のコメントは、やはり今年の早稲田の底力がどのくらいあるのかを知り抜いた清宮監督ならではのものであっただろう。
本当に久しぶりに早明戦らしい一戦だったし、大学生の技術も昔より格段に上昇していることを感じさせる試合だった。……早稲田は次に大学選手権で初戦、大東文化と当たる(はず)。大東も早稲田にオープン戦で大敗しているだけに、一矢報いて欲しいところである。
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