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一昨日届いていたはずの MS Office v.X 、留守だったため宅配屋が持ち帰っていたのだが、昨日届く。早速にインストールして立ち上げ。アップグレード版なので、前のヴァージョン(アップグレード対象製品)がインストールされていないと、インストールできない。
電子メールソフトと個人スケジュール管理を統合したような Entourage を使ってみようとちょっとあれこれ設定していたが、結局こういうスケジュール管理機能は、個人レベルではほとんど必要ないだろうとあらためて感じた。電子メールのやり取りだけに特化したほうが、いいんじゃないだろうか?
その他ソフト(Word Excel PowerPoint)は、見た目が変わっただけのような気もするが、やはりクラシック環境で起動するよりはずいぶんと軽い。しかし、どうせアクア風にアイコンを変更するのだったらば、IE ももうちょっとそれに合わせて変えて欲しかった。ドックに収納すると、IE のアイコンだけが浮いている感じ。
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イギリスに留学中の友人の日記に、
「日英同盟百年」の原稿を書いている。全くの専門外なので、素人なりにまとめるだけ。……だいたい日清戦争って何が原因で起こったんだっけと、ハタと考え込む。……三国干渉ってどこの国? うむわからん。ロシアが入っているのは確かなのだが。この辺は同盟関係が錯綜しているので、大変。……日英同盟の記事も検索してみたけど、あまり良い紹介文はなかった。特にその解消についてはあまり詳しくない。1月30日締結の条約なので、あと少しで本当に百年だ。
とあった(無断引用ゴメン)。
勝手に、30日の締結記念日(?)に先立って、上の疑問に答えてみると……。
- 日清戦争の原因:直接には朝鮮で起こった東学党の乱(甲午戦争)鎮圧のために、朝鮮が清国(朝鮮の宗主国)に出兵を要請。清国がそれに応じて出兵を決定したことで、ついに日清両軍が激突(豊島沖海戦)するに至る。
日本は朝鮮を独立国として認める立場だったのに対して、清国は従来の中華体制のなかに朝鮮を位置づけたかった。このギャップが根本的な原因。
日本は、黄海海戦に勝利、遼東半島制圧、清国北洋艦隊を全滅させ、最後には台湾、澎湖島にも進撃。下関において講和条約が結ばれ、清国は、朝鮮半島の独立を承認、遼東半島、台湾、澎湖島を日本に割譲、2億両の賠償金を支払った。この賠償金をもとに1897年、日本は金本位制国となる。
- 三国干渉は、日本が中国大陸進出の橋頭保として得た遼東半島をめぐって、中国への進出がイギリスに比べて遅れていたロシア、そしてロシアと仲の良い(笑:イギリスと仲の悪い)フランス、遅れてきた帝国主義国ドイツ、この三国がつるんで日本にプレッシャーをかけ、最終的には遼東半島を手放させたという歴史的事実のことを指す。日本政府は、その後「臥薪嘗胆」というスローガンで、対露敵対心を煽ったことはあまりに有名。
- で、日英同盟は北の仮想敵国ロシアに対抗するため、日本がイギリスと結んだ条約。イギリスは中国における自国の既得権益をロシアやドイツといった新参者に邪魔されたくないので、日本を「極東の番兵」にしておきたいという思惑があったし、日本はロシアに対抗するためにはイギリスの力、なかんづくそのシーパワーを絶対に必要とした(ロシアと戦争ということになれば主戦場は、中国東北部から朝鮮半島。1901年にシベリア鉄道は東清鉄道と連絡してはいたものの、依然ロシアにとって海路での輸送は重要であった。東郷平八郎率いる帝国海軍がバルチック艦隊を撃破した日本海海戦が日露戦争中のハイライトになるのも、乃木希典が旅順に執拗な攻撃を加えるのも皆ロシアの海路を断つという観点から取られた作戦)
- さて日英同盟の解消は、もちろん第一次大戦によってイギリスのパワーが落ちたことと深く関連している。かわって擡頭してきたのは言うまでもなくアメリカ。アメリカは、中国大陸への進出を「門戸開放」という形で要求した。イギリスはもちろん面白くないのだが、ヨーロッパの戦争ではアメリカにはさんざんお世話になった間柄。ここはアジア、なかんづく中国での権益分捕り合戦でアメリカの要求を呑んでおいたほうが得策と考え、1921年の四カ国条約(ワシントン会議で結ばれた条約の一つ。日・英・米・仏)でもって日英同盟を解消した。日本のほうもアメリカとの駆け引きが重要となってくる。1917年の石井=ランシング協定では、中国における日本の特殊権益とアメリカの門戸開放、機会均等の要求を相互に認めるなどした。
ちなみに第一次大戦後、幣原喜重郎が取った「新外交」路線とは、伝統的な外交路線(日英同盟、対中国“文明化”路線)を否定して、「対英米協調」「(中国への)内政不干渉」を看板とするものだった。
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