最終更新日:04.02.19 (UTC)
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大英国のMONOLOGUE
2月19日(木)……ロンドン333日目(離英予定日まであと35日)……

   Programme for entertainment of Crown Prince

 Public Record Office で外交文書などを漁っていると,思いもかけずに興味深い資料に出くわすことがある(興味の方向は色々だが)。表題の資料もその一つ。Crown Prince と言っても今の皇太子の話でも前の皇太子でもなく,昭和天皇の皇太子時代の話(ちなみに皇太子の身分で外遊したのは昭和天皇が最初)。

 昭和天皇がこの皇太子時代の外遊(1921年3月3日出発,欧州5カ国を歴訪し,同年9月3日帰国)を生涯の思い出としていたことはよく知られているが,迎える英国側の Programme for entertainment が何度かの改訂を経て決まっていく様子が資料からはよくわかる。

 最初の草稿では初日(5月12日)に宿泊場所での昼食の後,議事堂を見学し,夕方から政府の歓迎晩餐会と簡単に記されていたのが,第2稿では午後1時にチェスターフィールド・ハウスで昼食後,2時半にウェストミンスター寺院訪問,3時にナショナルギャラリー,4時に下院訪問,下院にてお茶,5時に貴族院訪問,8時からランカスター・ハウスにて政府歓迎晩餐会と分刻みのスケジュールがどんどん押し込まれていった(ナショナルギャラリー1時間じゃろくに観ている暇はなかっただろうな)。

 翌日も最初は午前中にイングランド銀行見学だけの予定だったのが,大英博物館(さすがにここは1時間半)が挿入されている。午後からはロンドン塔(クラウン・ジュエルを含む)見学後,テムズ川を船で周遊,ディナーは日本の大使と,といった具合。

 英国内での移動は鉄道を使ってのものだが,エジンバラにも足を伸ばしているので,英国滞在の2週間はさぞ強行軍だったことが想像される。それでも(それゆえに?)皇太子裕仁には強烈な印象を残したのだろう。

 戦後,1953年にエリザベスII世の即位式に出席するため,英国に向けて出発する皇太子のことを題材に昭和天皇は次の歌を詠んだ。

 外国(とつくに)の港をさしてふなでせし むかししのべばいまもたのしき

 外国(とつくに)に旅せしむかししのびつつ 春さむきけふのいでたちおくる

 皇太子のたづねし国のみかどとも 昔にまさるよしみかはさむ


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04.02.19 08:00 PM(UTC)

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