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3月20日 曇 パリ〜モン・サンミッシェル小旅行記(2):モン・サンミッシェル修道院
実は日本の旅行社のバスツアーに参加したのは初めて。自分たちで歩き回ってこそ,その国や街のよさがわかると思っていたのだが,バスツアーにはバスツアーのよさがあるものだと思った。やはり日本語でのガイドは効率良く知りたい情報を教えてもらうことができる。バスで移動中もコンコルド広場では,ルイ16世やマリー・アントワネットがどのあたりで処刑されたかを教えてくれたり,観光気分では不謹慎だが,ダイアナ元妃が亡くなったトンネルも通ったのだが,ここがそうと言われなければわからないところだった。通っているのがアール・ヌーボー建築の多い通りであることも言われなければ注意して車窓から見える建物を見なかったことだろう。 そして街を出てからは行けども行けども農地で特に説明することもない風景が続いたので,だまっているのかな?と思っていたら,驚いたことに,モン・サン・ミッシェルまでの4時間の間,フランス史と旧約聖書物語をしゃべりっぱなし。すごすぎ。聞いている方が疲れてしまって途中寝てしまったりした。しかしおかげで,ヨーロッパとキリスト教との関係についての認識が少し深まったように思う。たとえば世界史を学んだ方ならご存知だろうが,ヨーロッパで最初にキリスト教によって国を治めようとしたのがフランスであり,そして最初に政教分離(カトリックでもプロテスタントであっても同じくフランス国民)を行ったのもフランスであったこと。裏を返せばそれだけ国を治めるにあたってカトリックとプロテスタントの対立は大きな問題であったこと。また,ヨーロッパの建物に3階建てが多いのは,ノアの箱船が3階建てであり,同じように作っておけば災害の時に助かるかもしれないという考えに基づいているということなどが面白かった。 そうこうしていると,畑の向こうにそびえるモン・サン・ミッシェルが見えてきた。キリスト教には3人の大天使がいるが,そのうちの1ひとり,大天使ミカエル(=ミッシェル)を祀った修道院である。岩山に貼り付くように,修道院やその他の建物が建てられている。以前牢獄として使われていたときに,囚人達を運ぶ列車を通すために造られた土手で今は陸続きになっているが,昔の景観を取り戻すためにふたたび島にする計画もあるとのこと。
修道院内部では,ガイドさんに教会建築の特徴や,修道士たちの生活,各部屋などについて解説してもらう。
その後,自由時間となり,我々は土産物店を少し覗いたあと,昼食を食べたにもかかわらず,名物のジャンボオムレツを食べることにした。オムレツというと町の洋食屋さんの定番メニューというイメージだったので,気軽に店に入ったところ,なかなか本格的なレストラン。しかも,オードブルやデザートまでついたセットメニュー(5000円くらい)しかない。しかしせっかく来たので,バスの出発時間を気にしながらオーダーする。なかなか来なくて冷や冷やしながら,急いでもらって,パクパクと半分ほど食べたところでデザートはあきらめて店を出た。残してしまったので店の人にも申し訳なく罰当たりな気分になった。オムレツは,卵をよく泡立ててふんわりとスフレのように焼いたもの。大きさは20センチの半月型くらいでかなり大きい。そこに卵白を泡立てブランデーで風味づけした甘いソースをかけていただくというもの。想像していたオムレツとはずいぶん違ったが,なかなか美味しかった。 帰りのバスはさすがのガイドさんも「もう話すことはありません」とのことで,静かに寝たりしながら,夜8時半ごろパリに帰った。 夕食をどこでとろうかと,シャンゼリゼ通りをぶらぶら歩く。途中,有名なカフェ,フーケのシャンゼリゼ通をはさんで反対側の路地を入ると,モダンな外装に田舎屋風のおしゃれな店を発見。窓に昔の「るるぶ」が貼ってあったので,何とか注文できるだろうと店に入る。すると,どうやらそこはガレット&クレープ屋さん。
ガレットというのは,そば粉をミルクで溶いてクレープのように薄い円形に焼き,そこにそーセージやらチーズやらじゃがいもやらの具を包んで食べるというもの。一方のクレープは,小麦粉をミルクで溶いたもので,具をはさんでもよいが,甘く煮た果物やクリームを包んでデザートにする。どちらもブルゴーニュ地方の料理。ブルゴーニュ地方はりんごの産地でもあり,りんごから作った発泡酒のシードルやりんごから作ったブランデーのカルバドスも置いてあった。この日に行ったモン・サン・ミッシェルはブルゴーニュとノルマンディーの境目。たまたまブルゴーニュ料理の店みつけたのも何かの縁だろう。ガレットとシードルを美味しくいただいてホテルに帰った。
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