プロローグ年末年始にかけ,イタリアのシチリア島に9泊10日の旅行にでかける。
日常の日記ですでに何度か書いたが,シチリア島は,長靴にたとえられるイタリアのつま先の先に浮かぶ地中海の島で,その位置とオレンジやオリーブがたわわに実る温暖な気候,かつては肥沃な土地だったことから古代よりギリシャ人,カルタゴ人,ローマ人,アラブ人,ノルマン人,さらにフランスやスペインの支配下におかれるなど,その時々の勢力者が植民地や王国を築いた,さまざまな文化が混在する魅惑的な島である。
また,「地中海学会」というのがあるのをご存知だろうか。歴史,建築,文化等地中海に関する研究者による学会である。私(つま)が仕事でこのうちの何人かの先生に取材したことがあり,先生方に地中海をとりまく島々の文化や歴史を熱く語っていただいたことも,私たちがこの島に魅かれた理由のひとつである。また,イギリスで習っているイタリア料理の先生,ロザリアとアンドレアーナが南イタリア出身で,毎回南イタリアの美味しい料理をいただき,新鮮で豊かな食材について話をきいていた。たとえば朝の南イタリアの市場で売られているモッツアレラチーズは我々がスーパーで買うことのできるものと同じものとは思えない味わいだとか。フレッシュなリコッタチーズも美味しいらしい。イタリアでは,料理によってトマト(ポモドーロ)も使い分ける。もちろん魚介類は豊富。こうした情報も,ロンドンで新鮮な魚に飢えていた私たちをシチリアに惹きつけた。
シチリアに呼ばれている!勝手にそう思い込み,冬の旅行はシチリアに決まった。日系旅行社主催のシチリア周遊プランもあったのだが,訪れる都市はタオルミーナ,カターニャ,シラクサ,アグリジェントに各1泊とパレルモに2泊というもの。アンドレアーナから「世界遺産でもあるノートとエリーチェとピッツァ・アルメリーナのローマン・ヴィラには是非」「マルサーラではワインを買うといいわよ」などと聞いていたために,夫に泣いてもらって,慣れぬ左ハンドル右側通行と,運転が粗っぽいと言われるイタリアで,レンタカーの旅をすることにした。
12月30日出発当日。安い航空券を選んだので,朝6時台にロンドン・ヒースロー空港発の早朝便である。夜明け前の3時半,予め頼んでおいたミニキャブで空港に向け出発。いわゆるブラック・キャブだとウインブルドンの自宅からヒースローまで45〜50ポンドのところが,ミニキャブだと30ポンドくらい。約30分で空港に到着した。チェックイン・カウンターがまだ開いておらず少々待たされたが,無事離陸して,ミラノ経由でパレルモ空港に。
まずは空港でレンタカーを借りる(パレルモ空港のA***のにいちゃんの態度が悪いと思った。英語がまともに通じないのか?という顔をするのだが,当人のイタリア語なまりの英語は酷い。パーキングのナンバーが アーティ・エイトだと言うので,サーティ・エイトだと th を強調して確認してやった。しかも空港から駐車場までの行き方がはっきりしない。タクシー乗り場の裏側だと言うので,そちら方面に歩いていったが,なかなかA***の看板が見当たらない。われわれがウロウロしていると,気さくなイタリア人紳士が駐車場まで同道してくれて助かった。早くも人の世話になったわけだが,このシチリアでは毎回のように親切な人々に道を教えていただいた。本当に感謝である)。夫はそろりそろりと運転を開始。アウト・ストラーダ(高速道路)は空いており,ドライブのすべりだしは好調。途中まで,パレルモで宿をとった「ジョルジオズ・ハウス」というB&Bのオーナー,ジョルジオが迎えにきてくれて合流。ジョルジオの先導で宿に向かった。
実はパレルモは交通渋滞と狭い路地の一方通行が多いことで有名。料理教室のアンドレアーナからも,パレルモの交通が最難関であり,車が少しでも少ないシエスタの間に入ることを薦められていた。そこで,パレルモの宿を決める際,インターネットで調べた結果,口コミホテル情報サイトのコメントが「ジョルジオ,ありがとう!」のオンパレードで,よいアドバイスをくれそうなジョルジオのB&Bに決めたのだった(その口コミ情報サイトはこちら もう今年の1月1日分,つまりわれわれと同宿した(多分)ロビンのコメントが書き込まれている)。
アドバイスどころか,車で途中まで迎えに来てくれるという好意に甘え,合流したあとジョルジオの先導でいよいよパレルモ市内へ。噂に違わず,ちょっとでも車間があると横から入ってくるし,2車線の道路を横3台並んで走っているし,赤信号でも歩行者がいなければ車は横断歩道を横切るし,何でもアリの世界。狭い市街地のためスピードは出していないので大事故になる可能性は少なそうだが,どの車もボディがどこかしら凹んでいる。言わば,歩行者が歩いているように(狭い道で追い越したり車が来なければ赤信号で渡ったり)車が走っているという趣。しかし,ここに外国人旅行者がいきなり突入するのは無謀だったかも,とジョルジオに感謝する(とても丁寧な先導で助かった。途中,1度か2度割り込まれたので冷や冷やしたが,大丈夫だった)。宿は簡素で,バス・トイレは共同ながら,寝るには十分。学生時代ユース・ホステルに泊まりながら北海道を旅行したことを思い出した。
施設を一通り説明してもらったあと「夜は他の宿泊者と一緒にパレルモを案内してあげる」というジョルジオと一旦別れ,早速パレルモの街に繰りだした。まずは,パレルモ市民の台所,ア・ヴェッチリア市場(マルカート)へ。露店にチーズ,魚,オリーブ,果物などが山積みになって売られている。どれこれも美味しそうで,シチリアの健康的で豊かな食生活が想像できる。チーズ店の前でチーズを見ていたら,店を手伝う12歳くらいの男の子が応対してくれた。
リコッタチーズを試食させてくれたので,何か少しは買おうとしたが,量がうまく伝えられない。このとき思い出したのが「ピッコロ」という言葉。パルメザンチーズを少しだけ買った。
左が魚屋。右がチーズ屋。チーズが豆腐のように?売られている。手前の白いのがフレッシュ・リコッタチーズだろう。
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シチリアではホテル以外ほとんどイタリア語しか通じない。挨拶くらいは覚えていったが,それ以外で意外と役に立ったのが音楽用語だった。階段を下りるときに子供に「ラルゴ」と声をかけていたお母さんもいた。
市場を通り抜け,バールでピザを食べたあと,ノルマン城へ。アラブ・ノルマン様式のここは現在も議会場として使われている。決まった曜日と時間しか中を見ることができないので私たちは外観と中庭だけを見学。以前イタリアを訪れたときにも感じたことだが,回廊に取り巻かれ,見上げると青空や夜空が美しい建物に切り取られてイタリアの中庭はロマンチック。
続いて隣接するパラティーナ礼拝堂へ。12世紀に,時のノルマン王・ルッジェーロ2世が作った礼拝堂で,天井や壁一面に金色やブルーを主体とした色とりどりのモザイクで聖書の物語を題材とする絵が描かれている。モザイクは東方ビザンチン様式の影響を受けたもので,エキゾチックな趣がある。
左がノルマン城外観。右がパラティーナ礼拝堂の内部
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ノルマン王宮近辺をあとにし,パレルモの目抜き通りの1つ,ヴィットリオ・エマヌエーレ大通りにあるカテドラーレへ。カテドラーレは,15世紀のアーチやタワーの窓がゴシック式,18世紀のキューポラがバロック式,小さなキューポラの屋根に貼られているのがマジョリカ焼きのタイル,アーチの上のモチーフがノルマン式,柱の彫刻にはアラブの影響,と改築や増築のたびに新たな様式が加えられた,シチリアの歴史そのものを物語るような聖堂である。私たちが訪れたのは夕暮れどきで,ライトアップされた姿が美しかった。
さらに,ヴィットリオ・エマヌエーレ大通りを進み,もう1つの目抜き通りであるマクエダ通りと交差する,その名もクワトロ・カンティ(=四つ辻)へ。四つの角それぞれに,曲線が印象的で彫刻が飾られたバロック様式の建物が建てられている。三層の建物の柱はそれぞれ下からドーリヤ式,コロニア式,イオニア式の柱となっており,美術の時間に習った様式を再確認。また,クリスマスのイリュミネーションが通りと四つ辻をよりきらびやかに演出していた。
左上がカテドラーレ外観で,ゴシック式の塔側。右上がバロック式キューポラなどのある側
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左下がエマヌエーレ大通りのクリスマス・イリュミネーション。右下がクアトロ・カンティの一部
次に,素晴らしいフレスコ画と壁や柱一面の見事な大理石の彫刻に彩られたサン・ジュゼッペ教会を訪れ,一旦宿に戻った。
宿で一休みしていると,約束の時間にジョルジオが登場。同宿の,我々と同じくロンドンから観光に来たというロビン,ポール,ジョージ,マーヤの四人組と夜の街へ。
まずジョルジオが案内してくれたのが,建物の中庭を利用した「水」をテーマとしたアート展。通りに面したショーウインドウにはゆらめく水が映し出され,中庭には糸や,布,ペットボトルといった素材と水を組みあわせ,それに光を照らしたオブジェが何点か展示されていた。
続いて,夕刻訪れたクワトロ・カンティ,多数の裸身の彫刻が並ぶことから“恥の噴水”と呼ばれるプレトリアの噴水,赤いアラブ式のドームとヤシの木,輝く月が異国情緒を醸し出していたサン・カタルド教会などを見て歩く。BGMには「シェーラザード」がよく似合いそう。さらにライトアップされた美しい建築の数々を見ながら,ジョルジオがお気に入りの場所だというスペイン治政下のゴシック様式の教会であるサンタ・マリア・デロ・スパシモ教会へ。この教会は,時代により劇場,病院などに展用され,現在では再び演劇やコンサートなどが開かれている。
屋根が落ち壁だけになった空間を月明かりとライトが幻想的に演出うしている。これまでの建物がオレンジ色の光で照らされていたのに対し,ここは一転してモノクロームの世界。静寂な空気に包まれ,心が洗われるようだ。ここでのBGMは,ベートーヴェンの「月光」かな。
それにしてもイタリア人は,外部〜空までも〜を取り込んだ空間の利用が本当に上手いと感心する。加えて入り口付近の小部屋では,スクリーンにパレルモにある聖母子像や天使の彫刻をモノクロームで撮影したフィルムが次々と映し出されていた。やることなすこと洒落ている。
港付近に出てマリアナ広場へ。広場の周りにはいくつかの重要な建物があり,中央のガリバルディ公園には,大きなマグノリオディスの木がある。枝から蔓が垂れ下がり,それが地面に届くと根を張るという独特な姿が面白い。ロビンが我々の頭くらいまで垂れた蔓を指さし「いつごろ地面に届くのか」とジョルジオに訪ねると「少なくとも我々が生きている間には届かない」とのこと。昔から人の歴史を見つめてきたであろう大きな木の存在は,どこの国でも栄枯盛衰の哀れさを感じさせる。 上左がサン・カタルド教会外観。上右と下がサンタ・マリア・デロ・スパシモ教会(教会跡といったほうが正しいか?)。舞台上で手を広げているのが,つま。
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夜10時をまわってから,最後に市内のピッツェリア&リストランテで夕食。我々のほとんどは,店のオススメコースをオーダーした。前菜が,メランザーネ(ナス)を中心にした冷菜。それにパスタとメイン(カジキとソーセージのグリル盛り合わせ)。いくつかジョルジオが案内してくれた店は,どこも7人が入るには狭すぎたようで,初日の夕食はまぁ普通の感じ。ロビン(写真右端)はメインの付け合わせにチップス(大)山盛りをオーダーしていた。
1日が朝の3時半からスタートしたということもあるが,充実した1日となった。
1 結果的には,1月8日のイタリア航空管制官のストライキによって1日延びたので,10泊11日の旅程となった。
2 ちなみに空港からパレルモまでの高速料金はタダ。われわれが乗った高速では,カターニャからメッシーナの間の一部区間が有料だったが,それも大体1.30〜1.70ユーロ程度。高速道路ではヘッドライト点灯が義務づけられている。
3 ヴィットリオ・エマヌエーレ(2世)は,1861年にイタリアが統一された時の初代国王。各都市の目抜き通りにこの名前が多い。