最終更新日:04.01.14 (UTC)

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3 Gennaio(Sabato)
シャッカ〜アグリジェント


1月3日

 晴。早起きして,最後に朝のエリーチェを散歩。教会の鐘が小さな町に鳴り響いてさわやかだ。

 この日はロングドライブになるので,朝食のあとすぐにチェック・アウトして次の宿泊地・アグリジェントに向かう。くねくね降りる坂道からは,眼下にターコイズグリーンとエメラルドグリーンの海が広がり,1カーブ曲がり高度を下げるたびに少しずつ違う表情を見せてくれる。シチリアに来て以来最高の空と海だ。頭の中のBGMはモーツァルトのホルンコンチェルト1番か3番,といったところか。やがて高速に入り,快調に車を走らせる。

エリーチェから降りる途中

エリーチェから降りる途中 もう気分は地中海

 私たちがアグリジェントまでの経由地に選んだのは,シャッカの町。途中にはセリヌンテというギリシャ時代の遺跡もあり,ここは1日に訪れたセジェスタと頻繁に戦争をしていたとのことだが,ギリシャの遺跡はこれからも訪れるのでここは素通り。シャッカは,観光ガイドブックでは小さな扱いなのだが,南イタリアの町の専門家・陣内秀信氏の『南イタリアヘ!』(講談社現代新書)に取り上げられていたため,立ち寄ることにしたのだ。

 同書によると,シャッカはシチリアの中でも北アフリカのチュニジアに最も近い港町。港に続く斜面にアラブ式の集合住宅が密集している。そもそもシャッカとはアラビア語で「集合住宅」のことだという。

 高速は快適でも,町中に入ると迷ってしまう,というパターンに陥りながら何とか駐車場にたどり着く。駐車場はパーキングチケット式だったのだが,イタリア語は全然わからないので,何ユーロで何時間停められるのかもわからないまま途方に暮れていると,車を停める時からこちらの様子を見ていたおじいさんが寄ってきてくれた。シチリアの人は皆親切で暖かい。1ユーロで2時間だということを教えてくれて(ドウェ=2とかしきりに言ってくれた),さらに地図を出すと「どこに行きたい」とも言っていないのに「この道を行ってあっちに曲がれ」みたいなことを教えてくれた。行ってみると行きたいポポロ広場にちゃんと出た。町のどこに行くにもここが起点には違いない。広場ではおじいさんたちがあちこちに座って談笑していた。広場からは港が見え,高くなった太陽に海の色は鮮やかさを増して美しく「南国に来たのだ!」と実感する。

 本に従って,まずはアラブのイスラーム都市に似ているという9〜10世紀に造られたラバト地区へ。斜面に貼り付くように,四角い家が折り重なって見える。入り組んだ急な階段を上っていると頭の上から「マーケットに行くならこのおばさんのあとをついていくといいわよ」(たぶん)と声がした。頭上の窓から顔を出したおばさんが,私たちの前をゆくおばさんを指さしている。前をゆくおばさんは「なぜいきなり私が道案内を?」とちょっと戸惑いながらも「ついていらっしゃい」(たぶん)と手招きしてくれた。

 「特にマーケット,とは考えていなかったんだけど……」と思いながらもついていくことにする。この日マーケットが開かれていたのは,坂を上りきったところにあるノチェート広場という場所。多くの人で混雑していたので夫にとっては早く通り抜けたいだけの場所だったようだが,私はもうちょっとあちこち店を覗いてみたかった。店は日常着やら下着やら,合成皮革のカバンやらといった日常品がメインだったが,きれいな布を売る店もたくさんでていて「ここで買うと安いかも」と何メートルか買って帰りたい衝動に駆られた。だが,夫の冷たい視線を感じ,自分でもここで買っている時間がないことはわかっていたのでしぶしぶ諦める。広場を囲んでは3つの教会がある。マーケットのない日にはやはり人々がのんびりくつろぐ場所となるのだろう。

 ノチェート広場の左手は,サン・ミケーレ地区という一画。13世紀に造られたこの地域は他の地区に比べると道は広く整然としている。本に「シャッカ町の伝統は袋小路にコルティーレという周りの家による共有空間があり,そこを中心に近隣コミュニティが成立している」といったことが書いてあったので,道から少しそれてコルティーレも覗かせていただく。家から家にロープをわたして洗濯物を干しているところなどほほ笑ましいが,コルティーレは半ば駐車場として使われているようでもあった。

 サン・ミケーレ地区を出て坂を下りていくと,そこはカッダ地区。中世のユダヤ人居住区を起源とする地区とのこと。ここも細い路地の入り組む迷宮で,コルティーレもサン・ミケーレ地区よりずっと狭い。とはいえ斜面を降りていけば港に出るはずなので道に迷う心配はない。本にある「外階段がいくつも立ち上がるコルティーレ」を「これがその外階段か」などと思いながら,あっちの路地,こっちの路地とくねくね歩いた。

サン・ミケーレ地区のコルティーレ

カッダのコルティーレの外階段
左 サン・ミケーレ地区のコルティーレ やや広め
右 カッダのコルティーレ 外階段

 昼食は,港に面したポポロ広場のピッツェリアでアランチーニ。私はチョコ&カラメル味のジェラードも食べた。

 シャッカを出発してアグリジェントへ向かう。SS115号沿いは,右手にオレンジ畑,左手に緑と赤茶けた岩肌の丘が広がる格好のドライブウエイ。オレンジの木の間一面に黄色い花が咲いているところもあるなど素晴らしい風景を堪能した。登り坂のところなど,坂からそのまま青空に飛んでいけそうで気持ちがいい。BGMは「広い空」を連想させるような曲が似合うだろう。ということで「異邦人」と「空と君との間に」。これは実際に私が歌ってました(^-^;)。「イタリアの曲はないの?」と夫。“BGM”にイタリアの曲が登場しないのは単に知らないからです。。。

 午後3時半ごろアグリジェントの神殿の谷に到着。のんびりと数々の神殿を見学する。途中,英語で神殿について説明しているガイドさんの話を盗み聞きする。写真で見るギリシャの神殿と異なり,シチリアの神殿は赤茶けていると思っていたのだが,よく見ると柱の一部に白く残った部分がある。これは石の上に白い漆喰が塗られていた跡とのことで,これで大理石を模していたのだとか。それぞれの遺跡については写真のキャプションで。

コンコルド神殿

ヘラの神殿 ヘラクレス神殿
左 コンコルド神殿。紀元前5世紀に建てられた。状態がいいのは,ローマ時代には裁判所や集会に,その後カトリックの聖堂として用いられるなど使われてきたからだとか。
中 ヘラの神殿。ゼウスの妻ヘラに捧げられた神殿。紀元前5世紀。神殿の谷で一番高い丘に建つ。コンコルド神殿からヘラの神殿まで続く道はちょうどいい散歩道。
右 ヘラクレス神殿。紀元前6世紀。手前の巨大な石が,背後の円柱の上に乗っている部分。ここは,遺跡の上に登り,崩れ落ちた石の間を縫いながら歩くことができ,その規模を実感することができる。

 このほか,紀元前5世紀のゼウス神殿にあったゼウス像(ここにあるのは複製でオリジナルはアケオロジカル博物館にある),農業・多産・結婚の女神デメテルのためのサンクチュアリなどがある。

 また,神殿の谷はギリシャ時代の遺跡として有名だが,ほかに初期のクリスチャンの遺構であるカタコンベも残っている。

 アグリジェントでは,町には入らず神殿の谷の観光だけにとどめることにしたので,ホテルは郊外のホテル・ルナを選んだ。テラコッタが敷き詰められた中庭と,レモンの木やブーゲンビリアなどが植えられた庭のあるお洒落なホテルだ。プライベートビーチもあって,夏には泳げるようだ。子供用の小さなプールもあった。これまでホテル予算は抑えてきたのだがここは四つ星。カーテンやベッドカバーもかわいくて,のんびりとくつろぐことができた。部屋からはライトアップされた神殿とアグリジェントの町を遠くに望むことができる。

ホテル・ルナの中庭

ホテルの裏庭
左 ホテル・ルナの中庭
右 ホテル・ルナの裏庭

 お風呂がシャワーだけだったのとお湯がぬるめだったのを除けば,大満足(部屋をスイートにすればジャグジーバスがついているらしい)。

 夕食はホテルのレストランで。高い天井にぬくもりが感じられる大きな木の梁,クリーム色の壁,落ち着いた照明,アラビア風の装飾が施された家具や上品な陶磁器が飾られたステキなレストランだった。ピアノの生演奏もあった(映画ゴッドファーザーのテーマは,いささかやりすぎか・笑)。

 料理はホテルのおすすめコースを選ぶ。前菜はなす料理で私が食べられないと言うと,他のものに代えてくれた。かくして夫がなすとひき肉の前菜,私が小さなえびのあいだにチーズをはさんでグリルしたもの。1皿めがラビオリの中にハーブを加えたいわしのすり身をはさんでホワイトソースをかけたもの。魚料理が平たいえび(シャコの仲間?)と帆立て貝のバターソテーにトマト&クリームソースをかけたもの。肉料理が子牛肉を柔らかく煮込んだもの。デザートがピスタチオのアイスクリーム。それにエスプレッソ。ワインはシチリアの軽めの赤ワイン。  これまでの夕食は,素材そのものがおいしかったのに対し,ここでは新鮮で豊富な素材を調理した美味しい料理をいただいた,という印象。どの皿も絶品だった。

 幸せに浸りながら就寝。


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