最終更新日:04.01.15 (UTC)

表紙に戻る
30日 | 31日分 | 1日分 | 2日分 | 3日分 | 4日分 | 5日分 | 6日分 | 7日分 | 8日分 | 9日分


5 Gennaio(Lunedi)
シラクーサ


1月5日

 「朝食は私たちの家で」と言われていたので,B&B部分の向かいの玄関をノックし,オーナーの家に入る。通されたのは,おそらく家族のリビングルーム。推測だが,昼間や夜は居間として使っているスペースを,朝だけ宿泊客の朝食用に利用しているのだと思う。想像をはるかに超えるエレガントさに絶句。

 窓際には大きなクリスマスツリーが飾られており,朝食用の食器はルクセンブルクのVilleroy & Boch。コーヒーテーブルにはさりげなく銀食器やティーセットが置いてある。客室も含め全体として可憐な小花模様でまとめられているホテル。しかし乙女ちっくすぎず,上品な大人の雰囲気に仕上がっているのは,オーナーのセンスがよいからだろう。日本の家に置くと派手すぎる柄の布のソファーも,高い天井の広い部屋に置くとマッチするのは羨ましい。

 朝食は,パンとコーヒーor紅茶,ジュースに加え,手作りのケーキとジャムが数種類。朝からケーキはいかがなものか,と思ったのは一瞬のこと。おいしそうに焼き上がったケーキに目がくらみ,いただいてしまった。写真は,6日の朝のものだが,今日掲載します。

B&B居間のツリー

サイドテーブルの感じ

朝食のテーブル

朝食

左上 居間のツリー
右上 サイドテーブルはこんな感じ
左下 朝食のテーブル
右下 パン,手作りのカスタードプリン,手作りジャムを用いたケーキ。

 「あんな素敵な部屋で優雅に朝食をいただくと(←言葉まで丁寧になっている)優しい気持ちになれるね」と夫と私。天気もよく,のんびりてくてく歩きながら観光に出かける。

 通り掛かりの人が「ジャポネ。ジャポネ」と言っているのが聞こえる。なぜかシチリアではよく「ジャポネ。ジャポネ」と言われる。一昔の日本で,外人を見たら「あ,外人だ」と言っていたのと似たようなものか。ちなみにロンドンで通り掛かりの人に「ジャパニーズ」と言われることは皆無。外国人(=イギリス人以外)が多すぎて,いちいち言っていたらきりがないだろう。また,ロンドンでは韓国人も中国人も多いが,シチリアでは東洋人といえばほとんどが日本人のようだ。さらに陽気なおじさんが「ナカータ! ナカムーラ!」と寄ってきた。Si!! My name is Nakamura! インドネシアで「おしん!」と声をかけられたことを思い出した。

 そうこうしながら,考古学地区に到着。一帯が公園になっている。まず入り口をはいると,ヒエロン2世の祭壇が見える。ガイドブックによると198×23メートルの広さがあり,デウスに捧げられ,生け贄の儀式に使われていた。一度の400頭もの野牛が殺されたらしい。

 続いてシチリアで一番大きいというギリシャ円形劇場へ。青空の下,劇場の階段席にのんびり座りながらガイドブックの解説を読む。直径は130メートルに及ぶとのこと。現在でも夏にはギリシャ劇が上演されているとのこと。席の間,適当な間隔ごとに通路が設けられていたり,舞台の前にオーケストラピットがあるなど,今日の劇場の原型をここに見ることができる。

ヒエロン2世の祭壇

シラクサのギリシャ劇場

左 ヒエロン2世の祭壇
右 シラクサのギリシャ劇場

 劇場をあとにし,通称「天国の石切り場」へ。神殿や建物を建てるための採石場である。中でも有名なのが,耳の形をしていることからその名をつけられた「ディオニュシオスの耳」という洞窟。これを含め,採石後の洞窟は牢獄として使われたとのこと。中に入ると思いの外奥深く,よくこれだけ石を削ったものだと驚かされる。スイスで流れ落ちる滝の水が岩肌を削ってできた洞窟には悠久の時を感じさせられたが,今日のような機械のない時代に人の力によって掘られた洞窟の内部は神聖にも感じられた。

 一旦門を出て,別区域のローマ時代の闘技場へ。グラディエーターたちがあるときは人間同士で,あるときは猛獣と闘った場所である。映画を見ていたので,想像がかき立てられて感慨深かった。あの感動的な映画音楽を思い浮かべたかったのだが,うっかり「ターミネーターの曲ってどんなだっけ?」と言ってしまったがために頭の中はターミネーター一色に。。。かなり後までグラディエーターの曲を思い出すことはできなかった。

ディオニュシオスの耳

ディオニュシオスの耳内側から

左 「ディオニュシオスの耳」 下の方の人で大きさを確認
右 「ディオニュシオスの耳」内側から 下の方の人影で大きさを確認

 考古学地域をあとにし,カタコンベに趣く。シラクサの見どころは何といってもギリシャ時代の遺跡だが,初期キリスト教の遺構も重要である。まだ弾圧下にあった初期のキリスト教徒たちがローマに渡るにあたりシチリア島を経由していったためだ。そのため最も早くキリスト教徒のコミュニティができたのはシチリアであり,カタコンベも造られた。シラクサのカタコンベはローマに次いで大規模なものだという。

 上記の話は,ガイドのお兄さんから聞いたもの。おそらくカタコンべの中は迷路のようになっていること貴重であることから,必ずガイドさんと一緒に見学しなければならない。お兄さんは「私の英語はawfulなのでがまんしてください」と言っていたが,簡単な単語でゆっくり話してくれたので,かえって理解することができた。

 中に入ると,蟻の巣のようにいくつかの中心となる広場から放射状に通路が広がり,通路の側面一面にお墓が造られている。お墓の一部に絵が描かれているものもあり,「当時はキリスト教は弾圧されていたため,十字架のように直接的なものではなく,聖書の話を象徴する別の絵を描いていた」など,日本の隠れキリシタンが連想されるようなことも話してくれた。

 とても興味深かったので,シチリアに行かれたらここも訪れることをお薦めしたい。

カタコンベのある教会

カタコンベのある教会

 さて,本来なら午後は考古学博物館に行きたかったところだが,日曜日のため休館。適当なバールで昼食にふたりでエンドウ豆とズッキーニのパスタ(日本では思いつかない具の組みあわせだがとてもおいしかった),ミラノ風カツレツ,ほうれん草パン(日本の惣菜パンみたいなもの)を食べて,ホテルに戻りしばらく休息した。

 特にすることもないので,午後3時ごろから旧市街地を探検することにした。まずは旧市街の海沿いをぐるりと一周。シエスタ中ということもあって,いろいろな国から観光に来たカップルが散歩している姿や,釣りを楽しんでいる地元の人の姿が目立った。

 町中に入ると,この町も狭い石畳道が迷路のように続いている。日本ならとっくに取り壊していそうな,かなり古ぼけた外観の建物も多いが,その中に立派なレストランが入っていたりする。また,同じ建物なのに人が入居している部分は小奇麗で,空き家になっている部分は荒れ放題という光景にもたびたび出くわし驚かされた。お土産に,シチリア焼きの小さな飾り皿やエスプレッソ用のコーヒーカップを購入(エスプレッソ・マシンも買わなくちゃね)。

イオニアン・ブルーの海

シチリア焼きの猫

公園のおじいさん

シラクーサの建物

左上 イオニアン・ブルーの海
右上 シチリア焼きの猫
左下 公園で何やら作業中の「ジュゼッペ爺さん」
右下シラクーサの建物 人が住んでいる部分だけきれい。そうでないほうは荒れ放題

 歩くうち,昨夜私がウインドウに張り付いたブティックのあるメインストリートに出る。「ちょっとだけ」と店に入り,値札を見ると思いがけず安かった。試着してみると,サイズもぴったり!(本当は,お尻の上の部分=イタリア人のお尻の部分が少し余った。足の長さだけでなく,お尻がついている位置自体が高いのね・・・とちょっとショック) 対のジャケットと,ウールのコートも意外なほど安く夫が「買ってあげる」と言ってくれたので,遠慮なく買っていただきました(ありがとう>夫)。

 町が小さいので宿に戻って荷物をおき,お風呂に入ってから夕食をとりに出かけた。この日の前菜は,ハムとチーズの盛りあわせを二人でシェア。1皿めが夫がペンネ。私がニョッキ。2皿めは,ふたりともメカジキといかとエビのグリル。またもやお腹いっぱい。

シラクーサ夕景

シラクーサ夕景


© 2004 KOKUBO Kyoko & NAKAMURA Muneyoshi. All rights reserved.