最終更新日:04.01.16 (UTC)

表紙に戻る
30日 | 31日分 | 1日分 | 2日分 | 3日分 | 4日分 | 5日分 | 6日分 | 7日分 | 8日分 | 9日分


6 Gennaio(Martedi)
シラクーサ〜タオルミーナ


1月6日

 朝,昨日と同じステキな部屋で優雅に朝食をいただいたあと,オーナー夫妻にお礼を言ってチェック・アウト。

 午前中は,前日行けなかった博物館に行く。1月6日はイタリアの祝日(公現祭。この日でクリスマス・シーズンのお祭りはオシマイ。翌日からは飾りなども撤去される)なのだが,博物館は午前中だけ開いているということでラッキーだった。

 博物館は,時代順に展示されており,日本の縄文や弥生時代とは違う土器の文様が興味深かった。ギリシャ時代のものは,器に描かれた躍動的な動物の姿などその描写力の高さに息をのむ。神話に題材をとった絵も多い。ギリシャ神話をよく知っていたらもっと愉しめたことだろう。

 ほかに面白かったのは,今は現場には基礎部分+αくらいしか残らないアポロ神殿の遺構から出土したものからなる展示。解説の英語を丹念に読む気力と体力がなかったので間違っていたら申し訳ないが,バリ島の聖獣・バロンのような神様が神殿のあちこちにモチーフとして使われていたようだ。朱色をはじめいくつかの色で彩色されていたようでもある。屋根は赤茶けた瓦で葺かれていた様子。白か石の色そのままの神殿をイメージしていたのでかなり意外だった。日本の静かな趣の社寺も昔は鮮やかな朱に塗られていたと知ったときと似た感慨,といったところだ。ほかに多くの彫刻や,鋳型で製造された人形,装身具などがあり,質・量とも充実した素晴らしい博物館だった。カタコンベのある教会のすぐ近くである。

 シラクーサをあとにし,いよいよ今回のシチリア旅行の最終目的地タオルミーナに向かう。タオルミーナはヨーロッパ有数のリゾート地で,夏には何泊もして海でのんびり泳ぐなどして過ごす場所である。

 シラクーサからタオルミーナに向かう。SS194号線をしばらく走っていると,突如,正面にエトナ山が優美な姿を現した。標高3342メートル。富士山よりなだらかな円錐形をした火山で,火口からわずかながら煙を吐き出している。写真を撮ったのだが,空の色に溶け込んでしまって上手く映らなかったのが残念。空港のあるカターニャを過ぎて,アウトストラーダ(A18号線)に入ったあたりからは,右手に白い砂浜にトルコ石色の海が映える美しい海岸線を見ることができる。「楽園」といた言葉はこういう風景のためにあるのだと思う。ドライバーは海側を堪能できず。ドライバーはツライよ。しくしく。

 そしてタオルミーナに到着。またもや道に迷うが,またもや親切なおじさんとおばさんに助けられてホテルにチェック・イン。ホテル・ディオドロという四つ星ホテルだ。他のホテルは自分たちで予約したのだが,ここは飛行機やレンタカーと一緒に旅行代理店(トーマス・クック)に手配してもらった。ホテルの口コミ情報サイトによると海の見えない部屋もあるとのことだったので,せっかくだからと安全を期して部屋をワンランクアップしてもらった。

もうこの頃になると,町に入ると人に道を聞くのが当たり前になっている・笑 今回は町外れのスーパーでお店のご主人に聞いたが,イタリア語しか通じず,かつ自分自身泊まるホテルの名前を度忘れして恥。英語がわかるおばさんに代わってもらって,何とか「ローマ通り」(この名前もどこにでもある)を下にうねうね下っていけば良いことがわかった。この町も中は一方通行だらけの狭い道,しかも坂が多い。運転には十分注意が必要。本当はこういった車が力を発揮するのだろうけれどもね。

 部屋からは正面にエトナ山が見え,ベランダに出れば海も見える。ベランダにはデッキチェアがあって,日が射していると冬でもポカポカ暖かい。日が陰っていると長くいるには寒いが,春や夏はさぞ快適だろう。部屋は落ち着いたインテリアで,何より嬉しかったのはバスルーム。バスタブ付きでお湯もたっぷり出る。日本人にはお風呂は重要だと思い知る。

ホテルのバルコニーからエトナ山を望む

路地のお洒落なお店

左 ホテルのバルコニーからエトナ山を望む
右 路地のお洒落なお店

 早速町に出て,昼食をとる。レストランはガイドブックに載っていた Ristorante Anfora 。ウエイターのお兄さんは,片言で日本語も話せる。ほかに英独仏語も話せるらしい(が,謙遜してイタリアーナとシチリアーナさ,と答えていた)。「この本を見てきた」と言うと,「夏にジャーナリストが取材に来た」とのこと。どういう人が外国のガイドブックの取材をしているのだろう?と,その人は何語で取材したかなど聞く。他のお客さんがきてそれ以上聞けなかったのが心残り。そして「ガイドブックの写真を撮らせて欲しい」とウエイターさん。予算もあるだろうが,一冊は無理でも載っている部分の抜き刷りくらい送ってあげてね。>某ガイドブック編集部さん「英語のメニューはありますか?」ときくと何と日本語メニューがあるという。これまでの町では英語のメニューもなかったのとは大違い。今までの10分の1の時間,いや一瞬でオーダーが決まった。

 さて,肝心の料理はウニのスパゲッティを1人前ずつとタコのサラダは1つとって二人で分けた。調子にのって500mlのデカンタで白ワインも注文。ウニは夏が旬なので小振りではあったが,甘く,口の中でとろりととろけた。

 その後町を散歩。リゾート地なので有名ブランド店を含む洋服や靴・鞄を売る店が軒を並べ,シチリア焼きの店やオリーブオイルやパスタなどを置く食材店もたくさんある。ウインドウを見て歩くだけでも楽しい。展望台から海をながめたり,町の教会などを覗きながらそぞろ歩く。

 シエスタの時間になり店が閉まり始めたので,我々もホテルにもどり,ほろ酔いでお昼寝。

 夕方から再び町を散歩。この町もクリスマス・イリュミネーションが奇麗だ。

 夕食は,Mamma Rosa というトラッテリア。ムール貝の前菜をふたりでシェア。1皿めは夫がトマト味のペンネ。私が海の幸のリゾット。2皿めは夫がエビのグリル。私はマグロのステーキ。まぐろは小さめで鰤のよう。鰤の塩焼きは毎年お正月に富山の夫の実家でいただくのだが,日本の美味しい鰤と変わらない味わいだった。

 ホテルに戻ろうと路地を歩いていると,何やら盛り上がっている一群に出くわした。「ウンベルト通り(メイン・ストリート)だけがタオルミーナじゃないよ祭り(?)」をやっていた。路上に大鍋を出してレンズ豆など数種の豆を煮ており,みんなで食べている。興味深げに見ていると,「2ユーロ払うとお皿をくれるわよ」と英語のできる女性が話しかけてくれた。すでにお腹いっぱいだったが,おいしそうな匂いと楽しそうな雰囲気には逆らえず,お皿をもらう。するとまわりの人が「ジャポネ,ジャポネ」と寄ってきて,こちらがわからなくてもかまわずイタリア語で話しかけてくる。「ジャポネ?」「スィ!」そのくらいの会話しかできない。先の女性が通訳をかって出てくれた。「日本語でこれは何と言うの?」「豆」。「ワインは何て言うの?」「(ワイン,では芸がないし,,,)酒」。(皆で口々に「マメ」「サケ」を連発していた。もうかなり出来上がっていたようだ・笑)“しぼりたて”みたいな地ワインもいただいた。その程度だが,思いがけず地元の人と交流することができて,いい思い出になった。

 ホテルに帰り,ちょっとだけテレビを見てこの日はおしまい。シチリアで見たテレビ番組。もちろんイタリア語がわからないので,中身はちんぷんかんぷんなのだが,デロンギ社製エスプレッソ・マシーンのテレフォン・ショッピングとか,しつこくやっていた。日本製アニメでは「小さなバイキング ビッケ」など。ビッケはビッキーになっていた。あと妙な異文化(日本?)誤解映画とか・笑


© 2004 KOKUBO Kyoko & NAKAMURA Muneyoshi. All rights reserved.